1型糖尿病 SLIDER

1型糖尿病発症ストーリーと自己紹介

僕は、2018年6月1日に25才時点で、劇症1型糖尿病と診断されました。

詳しい説明は後述しますが、1型糖尿病は膵(すい)臓の機能不全による病気で、日本では年間10万人に1人程度の割合で発症する原因不明の難病です。

このブログでは、「1型糖尿病でも好きに生きる」をテーマにしながら、症例の決して多くない1型糖尿病と共に歩む僕自身の人生に関して発信することで、

ブログ発信の目的

・1型糖尿病患者さんへの有意義な情報共有
・1型糖尿病の認知拡大

に努めていければと思っています。(それ以外の趣味や便利情報も発信していきます。

筆者について

1992年生まれで、2022年5月現在29才です。

2016年に大学を卒業して、渋谷のIT企業に入社。現在社会人生活7年目も後半に差し掛かったところです。

幼少期から運動が好きで、小学校・中学校とサッカー、高校からは別の団体競技を始め、社会人になった今でもクラブチームでプレーを継続しています。

パソコン(インターネット)のみを使って世の中に新しい価値を生み出す、インターネットの領域に惹かれ、いくつかのベンチャーでインターンとして仕事をした後、
日本一使われるインターネットサービスを創りたいと意気込んで渋谷のIT企業に入社して、ITマーケティング領域に関わっています。

追記(2022年5月): 現在は、医療サービスの運営会社に転職し、日本の医療の課題を解決する仕事をしています!

1型糖尿病発症

2018年5月中旬頃

振り返ってみると、最初に体に違和感を感じ始めたのはこの時期でした。病院に行く2週間前くらいだと思います。

なんだか喉が乾くなあと思って、初夏の乾燥する時期だったので、特に違和感を感じていませんでしたが、会社で500mlペットボトルを1日5本程度飲んでいました。
また、それによる多尿を感じていました。最初は数時間に一度だった尿の頻度が、ものの一週間程度で、1時間に一度、寝ている時も含めてトイレに行かないと耐えられないような状態なりました。
会社だけでなく、自宅でも相当の水分量を摂取していました。

喉が乾く → 飲み物摂取 → トイレ → 喉が乾く → 飲み物摂取 → トイレ...という風な循環を1日何往復もするようになっていたのが、5月の下旬に差し掛かる頃でした。

違和感を感じていたものの、土日に炎天下の下、激しく運動もしていたので自己診断で「軽度の熱中症」だと思っていました。

2018年5月下旬頃

そうしている間に、症状は酷くなっていっていました。
朝起きてすぐに意識が薄れて、一時的に倒れるようになっていました。
これが2日に一度程度の頻度で起きていました。

これも、勝手な自己判断で「貧血」だと思っていました。もともと体質的に貧血とは無縁だったんですが、その時は呑気に「中学の朝礼で校長先生の話の最中に倒れる女子はこんな気持ちだったんだなあ」と思っていました...

「貧血」はあるものの、放っておけば改善すると思っていたので、病院に行くなんて一切考えに至らず会社に行っていましたが、5月の最終週に社内の色々な方から、立て続けに「最近痩せたよね?」と聞かれるようになりました。
自分で特に意識していなかった、且つもともと細い方ではあったので、そんなに気に掛けていませんでした。

5月の最終日にたまたま行ったサウナで、久しぶりに思い立って体重を測ってみると、自分が認識していた体重(およそ65kg程度の水準)より10kg軽い、54kgでした。

ジムに行ったりする関係上、定期的に体重を測り、ある程度気を使いながら生活していたと思っていたので、突然10kg体重が減っていることに大きな違和感を感じて、今までの症状(喉の渇きや朝倒れること)を踏まえてネットで検索すると、「1型糖尿病」という馴染みの無い病名が浮かび上がってきました。

ただその時に調べた限りだと、1型糖尿病は幼児期に発症することが多い病気という認識だったので、確信してはいませんでした。
それでも、患者さんの発症当時の症状が、自分の自覚している症状とかなり近かったので、早速翌日の6月1日に会社の休憩時間に、会社近くの糖尿病の専門医に行くことにしました。

2018年6月1日

金曜日のお昼時の病院は、とても混雑していて、なかなか呼ばれなかったのをよく覚えています...

尿の検査と、血液の検査を終えて1時間程度で、呼ばれて先生に対面すると、早々に「残念ですが、1型糖尿病という病気です。健常者が100程度の血糖値が、あなたは700近くの水準(HbA1C 13.5)になっていて、もう少し遅かったら深刻な状態でした」と告げられました。

その時は、ああ、医者ってこういうとき本当に神妙な面持ちで、映画で出てくるみたいに「残念ですが...」って言うんだな...と客観視していました。
人より運動していて痩せている自分が糖尿病なんて信じられなかった且つ、それがどのくらい深刻で、これからどんな苦難な伴うのか、理解できなかったので、若干の時間が空いたのち、半分うわの空で「はい?」と聞き返した気がします。

その後に病気についてや、今後の生活に関して詳細に説明をしてもらったと思いますが、とにかくびっくりしていたので、話が入ってこなかったです。

言われるがままに、早速その日から1日4回に渡る、自己インシュリン注射による闘病生活が始まりました。

再度、両親を連れて次の日に診察に行き、ようやく病気とこれからの生活を理解することができました。
数年経った今でこそ冷静に受け止めて向き合えていますが、その時はただ、驚きと混乱、そして将来への漠然とした不安で1週間は仕事が手についていなかったと記憶しています。

長くなりましたが、ここまでが10万人に1人の病「1型糖尿病」の発症の経緯になります。

↑基準値の100に対して、500以上の僕の血糖値(2018年7月)

そもそも1型糖尿病とは

1型糖尿病とは...?

1型糖尿病(IDDM、インスリン依存型糖尿病、小児期に起こることが多いため小児糖尿病とも呼ばれます)は、主に自己免疫によっておこる病気です。自分の体のリンパ球があやまって内乱を起こし、自分自身のインスリン工場、膵臓のランゲルハンス島B細胞、の大部分を破壊してしまうことで発病します。
1型糖尿病では、脳死膵臓移植や膵島移植を受けるか、血糖測定をしながら、生涯にわたって毎日数回のインスリン自己注射またはポンプによる注射を続ける以外に治療法はなく、糖尿病患者の99%を占める2型(成人型)糖尿病とは原因も治療の考え方も異なります。
日本での年間発症率は、10万人あたり1~2名です。
このように、主に子どもに起こる原因不明の難病であることに加え、治療を厳密に行わないと心臓、腎臓、眼、神経等の病気が発症しますので、患者本人の苦痛はもとより、患者家族にとっての精神的、経済的負担は多大なものとなっています。

↑ 日本IDDMネットワークの記事より抜粋

「1型糖尿病の根治」を目指す、非営利活動法人の日本IDDMネットワークだと、上記の定義がなされています。

僕なりに分かりやすく定義をすると、
「原因不明で発症する、膵(すい)臓の病気。血糖値を適正にコントロールする役割の膵臓が機能しないため、注射や食事によってコントロールする、現代医学では完治ができない難病。」
です。

ただ、逆にいうと、
「自己インシュリン注射や食事によるコントロールさえ出来れば、健常者と同じように活動できる病気」
と言え、自分自身そう捉えて前向きに付き合っていけています。

↑ 糖尿病データブック(海外渡航時に主治医に作成してもらった、多言語で書かれた病状の証明書)

このブログで伝えたいこと

冒頭にも書いたので再掲になりますが、
このブログでは
「1型糖尿病でも好きに生きる」をテーマにしながら、症例の決して多くない1型糖尿病と共に歩む僕自身の人生に関して発信することで、
・1型糖尿病患者さんへの有意義な情報共有
・1型糖尿病の認知拡大

を実現したいと思っています。

もちろん、ブログで赤裸々に情報公開することで好奇の目に晒されたり、理解を得られずに叩かれたり、受けるデメリットも想像できますが、インターネットの領域で働いていて、ネットでの発信スキルもある僕がこんな珍しい病気になったのも与えられたミッションだと思って、継続的に書いていければと思っています。

また、病気のこと以外でも、インターネットに関して・好きなこと・興味のあることに関して情報発信して行きたいと思っています。

お問い合わせなどあれば、 yosh@yoshlife.com 宛てにメールでご連絡下さい。

それでは!

  • この記事を書いた人

YOSH

2018年~ 1型糖尿病という10万人に1人の難病を発症。 「1型糖尿病でも好きに生きる」をテーマに、病気のこと、インターネットのこと、趣味について発信しています。

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